毎年市内の小学生が描くデカンショ祭りの行灯は
デカンショ祭りに彩をそえてくれます。
今年も力作ぞろいです!!

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行燈の影も涼しげに揺れています。

(であい・ふれあい・まなびあい 青山歴史村スタッフ)

暑い日が続いていますね。
ここ数年はずっとこんな暑さですが今年は特に暑いような気がしています。
皆さんも熱中症には気を付けてお過ごしくださいね。

そして、とても残念ですが令和4年度のデカンショ祭の中止が発表されました。
今回は3年ぶりの開催ということで準備も着々と進んでいたのですが、
第7波による感染者の急増により昨日時点で中止が決定してしまいました。

城花火

3年ぶりのデカンショ祭ということで皆さんに楽しんでいただけるよう、
色々な準備を進めていたのですがこのような結果になってしまいとても残念です。

来年こそデカンショ祭が通常通り開催できることを期待しています!
来年以降、開催された際には皆さんのご来場をお待ちしております!ぜひご参加ください。

(であい・ふれあい・まなびあい 青山歴史村スタッフ)



デカンショ節とは江戸時代から丹波篠山市域で歌われていた「みつ節」が変形したものといわれています。

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デカンショ節が学生歌として全国に普及したきっかけは、篠山藩が教育熱心であったことが関係しています。旧篠山藩主の青山家は、明治維新後は学問を奨励し、篠山に鳳鳴義塾等の私立の中学校を作ました。その中から優秀な学生を東京に寄宿舎を作り遊学させていました。この学生たちは明治時代毎年夏になると千葉県八幡の浜で過ごしていました。その遊学先の宿舎の江戸屋の二階で元藩主青山忠誠の養子青山忠允をはじめとする篠山出身の若者達が郷土の盆踊り歌をうたっているとそれをたまたま聞いた旧制一高の水泳部員がその歌を気に入ったと言います。

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↑青山忠誠9歳の書

これがきっかけとなりデカンショ節が全国的に有名になりました。

またデカンショ節「丹波篠山 デカンショ節―民謡に乗せて歌い継ぐふるさとの記憶」は、2015年(平成27年)、文化庁による日本遺産の第一号の18件のうちの一つとして選定されています。(であい・ふれあい・まなびあい 青山歴史村スタッフ)

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